店主のひとりごと
エスプレッソマシーン
当店は1980年のオ−プンですが、1年後の1981年より、エスプレッソコーヒーを提供しはじめました。

当時エスプレッソコーヒーはあまりポピュラーなものではなく、東京でも六本木や青山でもそれぞれ、1軒程度しか提供しているお店はありませんでした。当店でもエスプレッソコーヒーの需要が全くつかめず、とりあえず、小さなマシーンで対応しようと考え、イタリアの家庭用マシーンであるラ・ペピーナという手動マシーンを購入しお客様に提供をしはじめました。このマシーンは結構すぐれ物で、上部のふたを取り換えると、カプチーノ用の蒸気も出せるようになっており、おいしく淹れられます。しかしながら、ある程度エスプレッソコーヒーメニューが浸透してくると、家庭用マシーンでは、業務用に使っているのが不安になり、同様なタイプでもうすこし頑丈なマシーンを購入することになりました。ラ・チンバリというマシーンなのですが、これは、前記のラ・ペピーナと違い、水道直結式の本格派で、蒸気の圧力も強く、快適なマシーンでした。このマシーンは今でもイタリアでは販売しているようで、週間ポストの巻末で連載していたモ世界の一流品モというコーナーで紹介されていたのを見たことがあります。ラ・チンバリも5年ほど使ったでしょうか、さらに大きいマシーンの必要性を感じ、現在使用しているラ・パボーニに代をゆずることになりました。パボーニ社(La Pavoni)はイタリアで一番古くからエスプレッソコーヒーマシーンを製造している会社と聞いています。1900年位にエスプレッソコーヒーの淹れかたが発明されてから5年後の1905年に創業とのことですから本当のことと思います。今でも手動式の家庭用パボーニはデザインの素晴らしさと機能的なスタイルが受けて、雑誌のイタリア製品特集などで、よく紹介されているのを目にします。当店で使用しているのは、手動二連式のマシーンで、多分日本で使用していたのは当店だけだと思います。なぜ、そのように言い切れるかというと、次のような理由からなのです。パボーニのコーヒーマシーンの輸入元は、数多くのイタリア製品を輸入しているイタリア商事という会社なのですが、始め、イタリア商事にマシーンを見に行った時に、どうしても、手動の機械が欲しい旨を伝えたところ、メンテナンスなどの問題もあるので、販売をしている会社(K社)を紹介して下さいました。K社は、社長と社長の甥っ子さんの従業員の二人だけでやっている小さな会社でした。そして、K社からマシーンを購入することとなり、時々メンテナンスに来てもらったりしていたのですが、あるとき、K社の社長が、亡くなってしまい、その甥っ子さんも転職するとかで、サービスは別の会社に移管することになりました。その時は、マシーンの調子も良かったので連絡を受けてそのままになっていたのですが、何年かたって、スピンドルの部分からお湯がもれて来て多分中のゴムパッキンが年数による劣化をしはじめているのではと考え、サービスを移管した会社に連絡をとって見ました。しかしながら、その会社でも、パボーニは、実際のところ修理をしたことがなく移管されたときに渡されたというパッキング類をいろいろ送ってきてくれたのですが、どれひとつ合うものがなく、結局のところイタリア商事に相談をして取り寄せてもらうことになりました。その後、ヒーターなどが駄目になり、部品を取り寄せ、交換して使用しておりました。交換作業は、自分でほとんどしましたので、けっこうメカにも詳しくなり、ますます愛着がわいてきました。2010年(平成22年)1月、店のすぐ前の保養所の横に深夜落雷があり、数多くの厨房機器やクレジットカードリーダーまで損傷を受け、ラ・パボーニも修復不能の状態に陥りました。2010年2月、当店の第四代エスプレッソマシンとは、ラ・マルゾッコ(La Marzocco)となりました。マルゾッコはイタリアのフローレンスで手作りで作られているマシンで、マルゾッコFB-80の三連マシンは、2008年の世界バリスタコンテストまで、公式マシンとして使われていました。当店で使用するマルゾッコFB-80は2連ですが、そのグラマラスとも言えるな存在感は店の中で目立つ存在となっております。またダブルボイラーによるコーヒー抽出の安定感は、おいしいコーヒーを淹れる重要な要素となっています。

La Marzocco(現在のマシーン)
La Marzocco(現在のマシーン)
La Marzocco(現在のマシーン)
La PAVONI (3台目のマシーン)
La CIMBALI(2台目のマシーン)
La PEPPINA(初めて使ったマシーン)
直火式(エスプレッソ・コーヒーメーカー)
店主紹介
Photo by Jack G. Beasley
井岡 伸行 1950年東京生まれ。

某工業大学卒業後、精密工作機械製造会社に就職、製造現場に1年程いた後、コンピューターを使った工程管理や生産計画を作成する部門に5年程在籍、その後、今でいうところの脱サラをし現在にいたる。趣味はスキー、音楽鑑賞(BLACK系およびJAZZ,クラッシック)、写真、ものあつめ(各種雑品、ガラクタのたぐい、小さい時は王道の切手収集、ミニカー(CORGI,DINKY,SOLID...)などで、最近ではポスター、時計、ステッカー、陶器のビアマグ、蕎麦猪口などなど)長く続いているものでは、20年来の趣味であるナイフの収集などがある。モノにこだわる性癖があり、店ではコーヒーにこだわり続けている。現在の愛車は、赤黒を黄黒に塗り替え、リフッレッシュした1983年登録の2CV(フランス製)と、最新鋭のハイブリッドカー「プリウス」。2005年1月に左ハンドルで三角窓が開くチェロキーから乗り移った。チェロキーはとても好きな車であったが、この山の中での生活では、リッター3.5kmはとてもきつく、リッター18kmから20kmの魅惑にあっさり負けた。従って、自動車の原点とも思える2CVと未来カーのようなプリウスが共存しているのである。パソコンは、Mac II とレーザーライターに金をかけすぎて、あとが続かなくなり、やっとG3(MacOS9)に乗り換え、店の事務計算のみに使用していたが、今はもうない。現在、子供たちはそれぞれMacBookを使用、仕事用に24インチiMac、個人用にMacBookPro17インチを使用している。妻と少年2人の4人家族、家人には口が悪いから気をつけろといつもいわれている。

店主の寝言
店主の寝言は、2007年7月より、左記サイトに「ぶんぶんオヤジの寝言」として移りました。
2006.12.10
パソコンを買おうと考え続けている最中、ホームページの写真を撮り続けて来たわが愛機Fuji-FinePix4900Zのオートフォーカスガ怪しい動きとなり、三脚を使って撮影している時でさえ、 ジ、ジ、ジージジィと、人を爺呼ばわりした音を発し、ピンがぼける有様で、手の施しようが無くなってきた。修理も考えたが、最近のデジカメはどんなものなのか、日本カメラというカメラ雑誌を3ヶ月間買って研究してみたら、かっては高嶺の花であったデジタル一眼レフも、高性能なのに、かなり価格が安くなり使い易くなっていることが分かった。そして、自分の使い勝手なども考え、NikonD80を購入することに決めた。聞けば人気の機種だそうで、在庫があまりないとのことで、予約だけでもと思い、近くの量販電気店に行ったら、、あっ今日入ったばかりですと現物があるではないか。幸いにして、お金だけは持って行っていたので即買いとなり、現在マニュアルと首っ引きで使い方を学んでいる。先日子供の英語塾の先生であるジャックさんに、NikonD80を買ったと言ったら、彼はNikonD200を持っているのだが、訳の分からぬ英語でD200のチープなタイプがD80と、チープの連発で、最近発売されたD40にいたっては、トイ(Toy)とほざく始末だ。以前NikonD200を彼が買ったとき、撮った写真を見て、私がカメラがいいのか?腕がいいのか?と言ってやり、YOUはイジワルネ・・とおどけた返事が返ってきたが、その時の仕返しをされた感じだ。かって老人のゲートボールを観戦していた友人が競技より口の罵りあいの方が面白いと言っていたが、還暦を迎えたアメリカ人とやり合っている自分は、ゲートボールの爺のそれと変わらないのではと思っている。ジャックさんの名誉のために言っておくが、彼はプロのフォトグラファーでとてもきれいな写真を撮る。外見はサンタによく似たナイスガイなのだ。そして、彼もまた、私と同じ熱狂的なMac使いなのだ。
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